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■ 第31回大会報告

大会準備委員長 田渕五十生(奈良教育大学)

 異文化間教育学会第31回大会が、6月12日(土)と13日(日)の2日間、奈良教育大学で開催されました。6月11日のプレセミナーに25名、12日、13日の大会に271名もの多数の参加がありました。

 11日のプレセミナーでは「大学の新人教員および教員予定者の授業力スキルアップワークショップ―大学における異文化間教育で、どのように学習者主体の学びを組織するか―」と題して、大会準備委員長の田渕がコーディネーターを務め、お互いの教育実践をシェアーして大学教育における授業技術を学びあうことができました。研究とは異なり、教育実践では他者のアイディアを「借用」ないし「盗む」ことは許されており、よりよい授業づくりをしようという一体感が醸成されました。

 また、12日の午前中の特定課題研究では「異文化間教育におけるエクイティ」と題して、吉谷武志会員がコーディネーターとなり、額賀美紗子会員、新倉涼子会員、川崎誠司会員からアメリカと日本の教育現場の実態が報告されました。そして、佐藤郡衛会員を指定討論者にして、「エクイティ」という視角から多文化社会における教育の在り方について議論が深められました。

 夕刻の懇親会では地域の「中国帰国者の会」のメンバーや在日コリアンの若者たちが民族舞踏で参加者を迎えてくれて、楽しい雰囲気の中で歓談のひとときを持つことができました。

 13日の公開シンポジウムでは、生田周二会員がコーディネーターとなって「異文化間教育と人権」と題して、地域のマイノリティーの当事者が、仲間とつながりながらエンパワーメントされ、当事者でありかつ支援者へと変容するプロセスが生き生きと語られました。奈良という地域に根ざした実践者中心の報告でしたが、地域に拘りながら地域を突き抜ける議論が行われて、学会員が各地域で関わっている多文化共生のボランティア活動に多くの知見が得られたのではないかと思います。

 さらに、2日間で13の分科会で自由研究発表が行われたほか、4つのケースパネル、10のポスターセッションも行われました。いずれも意欲的なもので、次世代を担う若い研究者の発表に学ぶことの多かった2日間でした。

 大会引き受け校のスタッフ、アシストする院生も学会開催には不慣れであり、行き届かなかった点が多かったことをお詫びするとともに、参加してくださった皆さまに心から感謝いたします。




公開シンポジウム報告

田渕五十生(奈良教育大学)
  1. はじめに

    大会2日目の13日、生田周二会員(奈良教育大学)がコーディネーターとなり、松田好則(部落解放同盟東之阪支部 支部長)、李和子(NPO法人いこま国際交流協会 事務局長)、大久保佳代(奈良県外国人教育研究会 事務局次長)、田村隆幸(奈良市立春日中学校夜間学級 教員)の4名をシンポジストに迎えて、「異文化間教育と人権―当事者と支援者の協働―」というテーマでシンポジウムが開かれた。報告者の田渕が指定討論者として関わり、議論が深められた。

  2. シンポジウムの目標

    今回の公開シンポジウムでは次の3つの目標を設定した。一つは、「異文化間教育」を人権という視点から再定義すること。二つは、「当事者」の一人ひとりのライフヒストリーに耳を傾け、彼らが誰に出会い、どのような変容があったのかを聴くこと。三つは、多文化共生社会での一人ひとりの自己規定や他者との関係性はどうあればいいのかについて論議を深めることであった。

  3. どんな内容が語られたのか

     松田氏からは、40年以前の被部落差別の実態が語られ、そこから地区と地区外の子どもや保護者の出会いの場づくりとして児童館建設が行われ、現在の児童館活動に繋がっている経緯が報告された。

     李氏からは、「当事者」の組織化によるエンパワーメントの事実が語られた。「自分たちの受けた民族差別を子どもたちには味あわせたくない!」と、孤立した在日コリアンの保護者たちが約20年前に「外国人保護者の会」を結成し、現在では地域のニューカマーの居場所になっている歴史が報告された。

     大久保氏からは、新任教師として在日コリアンの保護者との交流の中から外国人児童の教育の在り方を学び、同じ立場の子どもたちを出会わせる居場所づくりが外国籍の子どもたちの教育の要諦ではないかと、実体験を踏まえて語られた。

     田村氏からは、「生徒さん」たちが多様な背景を持っている夜間中学校の実態が報告された。戦争、貧困、障がい等で義務教育から排除された人々、在日コリアンの高齢者女性、残留孤児とその呼び寄せ家族などであるが、そこは、ありのままで受容される空間であり、学習者の実態に合わせた学びが行われている。

  4. どんな知見が得られたか

     「当事者と支援者の協働」という副題からは、マイノリティの「当事者」と、その周囲に「支援者」がいるという印象を受ける。けれども、「当事者」と「支援者」は混然一体であり、「当事者」が「支援者」に変容する事実が確認された。「あなたはあなたであることにおいて既に貴い」という自己肯定感の涵養が、多文化共生社会を目指す教育には不可欠な要素であることが議論の中から析出された。




特定課題研究報告

吉谷武志(東京学芸大学)

 第31回大会特定課題研究は、2009年12月、2010年3月の2回の公開研究会をへてとりまとめられたテーマ、「異文化間教育におけるエクイティ」をメインテーマとして大会第1日目の午前に行われた。

 提案者は、額賀美紗子会員(「公正さをめぐる教育現場の混迷―『容赦なき形式的平等』が進むアメリカの学校の事例から―」)、川武ス司会員(「多文化社会における公正な社会的判断力―アメリカの『エクイティ教授』の実践を手がかりとして―」)、新倉涼子会員(「公正さに対する教師の意識、解釈、再構成―多文化化する日本の学校現場における事例から―」)の3名、指定討論に佐藤郡衛会員、そしてコーディネーター・司会者として吉谷があたり、今回は研究委員会のメンバーにより提案が行われた。

 異文化間教育学会にとって、一層の多文化化が進む今日の日本社会に即して、理論的背景を確たるものとして提示した上で、どのように多文化共生社会を構想し、現実化するのか、ということは積年の課題であり続けてきた。そして、今年の特定課題研究では、昨年までに指し示した理論的な到達点を踏まえて、多文化化の中での教育と教育現場、特に学校とそこで現実に対峙する教師に焦点を当て、多様な現実、多文化的な現実を教師がどうとらえ、教育実践を行っているのか、その現実に迫るべく、エクイティあるいは公正という視点から検討を行った。

 額賀提案では、アメリカの「2000年の目標:アメリカ教育法」以降「NCLB法」の下、落ちこぼれを作らない教育を目指す中で、逆に「容赦なき形式的平等」が多様な背景の子どもたちへの配慮を蔑ろにし、厳しい競争主義をもたらした現実、さらにそこで苦闘する教師の姿(ロサンゼルスの事例)が見いだされた。

 川葡案では、「9.11」以降の世界で様々な民族的な対立が渦巻くなかで、(形式的、実質的)平等の実現という従来型の実践から、新たな教材、教育内容を構築し、公正さの再構築に向かう多文化社会ハワイの教師の苦闘が示された。

 新倉提案では、社会的不利益を被る子どもに対処する努力を傾けてきた日本の教師が、多文化の子どもに直面したとき、自らの実践を振り返り、平等観、公正観さえ問い直さざるを得ない現実にぶつかり、迷い、葛藤する姿が提示され、具体的な事例から、多文化の子どもに対処する教師の様々な意識、教師の視点が報告された。

 以上を受けて佐藤会員の論点整理をもとに、会場からの質疑が行われた。字数の関係でここでは触れられない各提案の論点の詳細、質疑等については、提案者によりまとめられる論文をご参照願いたい。




プレセミナー「大学の新人教員および教員予定者の授業力スキルアップワークショップ―大学における異文化間教育で、どのように学習者主体の学びを組織するか―」に参加して

岡村佳代(お茶の水女子大学大学院博士後期課程)

 2010年6月11日(金)、今年度のプレセミナー「大学の新人教員および教員予定者の授業力スキルアップワークショップ」が行われた。奈良教育大学の田渕五十生先生が40年に渡って培ってこられた授業スキルや学生指導の基本的かつ重要な心構え、具体的な方法をご教示くださった。

 プレセミナーは、受付にある座席表に指定されている席に座ることから始まった。
 これから行うことについての説明の後、ワークシートに沿って授業やゼミ指導に関する問題点や困っている点、工夫点、質問などを記入し、それを基にペアやグループで意見交換をした。さらにグループでまとめた意見を全体に発表し、その疑問や質問、意見に対して、田渕先生からコメントやアドバイス、解説が加えられるという形で進行された。

 まず、授業に関しては、教員が一方的に行う講義ではなく、学生が自ら考えること、学生が互いに交流しその中から学び合うことなど、学習者主体の授業を作り上げるためのアドバイス、スキルについてご教示いただいた。教員が為すべきこと、その意義、目的、得られる効果など、一つ一つ丁寧にご解説くださり、大変わかりやすかった。現職の教員の方からも、即実践してみたい、という声が上がっていた。

 次に、ゼミ指導に関することであるが、具体的な論文の書き方については、実際に教員が書いて示すといったモデリングの必要性が語られ、さらに、論文指導全体については、教員が学生の目線まで下がって、「対話する」ことの重要性が強調されていた。先に述べた授業スキルに関してもそうであるが、学生との相互関係の中での教員の在り方というものを考えさせられた。

 最後に、「教育」ということに関して、「教育は言霊」ではないか、ということをおっしゃっていた。言霊とは、願いや祈りを込めることであり、教育は、学生に願いや祈りを込めることである。また、マイノリティ教育には「期待」が必要であるということについても触れられ、教員の学生に対する思いが、そのまま学生に伝わるということ、またそれが学生にとっても大きな意味を持ち得るのだということを改めて感じた。

 今回のプレセミナーにおいて田渕先生が私たち参加者に対してお話しくださったことは、まさしく「言霊」であり、先生の「教育」への願いが伝わってきたように思う。熱心にたくさんの貴重なことをご教示くださった田渕先生に、心からお礼を申し上げたい。

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