第29回異文化間教育学会研修会
みんなで考えよう:学会におけるダイバーシティとインクルージョン
案内
第29回異文化間教育学会研修会のお知らせ
研修テーマ
「みんなで考えよう:学会におけるダイバーシティとインクルージョン」
概要
多くの集団、組織、地域、社会にとって、ダイバーシティ(多様性)とインクルージョン(包摂)は、もはや欠かすことのできない重要な行動理念だといえるでしょう。学校や企業などでは、国籍、民族、言語、性、障害、年齢、宗教などにおいて、一人ひとりが互いの違いを尊重しあい、安心して活躍できるための取り組みが推進されています。
一方、学会におけるダイバーシティとインクルージョンはどの程度進んでいるでしょうか?少数者であるという理由だけで大きな不安を抱えたり、排除・差別されたりする人々は存在していないでしょうか?たとえば、研究会や大会などでは、障害のある参加者に配慮したインフラやサポートシステムが十分に整備されているでしょうか?非母語話者が発表する研究成果が、母語話者の言語的水準に達していないことを理由に正当な評価が受けられないということはないでしょうか?
本研修会では、話題提供者の声に耳を傾け、他の参加者と対話することを通じて、学会活動・運営におけるダイバーシティとインクルージョンについての理解を深めます。本学会の会員・非会員を問わず、学生からベテラン研究者・実践者まで様々な人々が知恵を出し合い、新たな気づきを得るとともに、学会の成長や変革につながる機会になることが期待されます。奮ってご参加ください。
日時
2021年5月9日(日)14:00~16:30(150分)
開催方法
ZOOM(オンライン)
活動内容
司会:工藤和宏(獨協大学)
グラフィックレコーディング:大野さゆり(教育系フリーランス)
- 導入と趣旨説明
吉田千春(中央大学)
中野祥子(山口大学) - 話題提供:学会におけるダイバーシティとインクルージョンについて考える
山本雅代(関西学院大学)「言葉は違えど、人は言葉を交したいとの思いに溢れてる」
島袋勝弥(宇部工業高等専門学校)「ロービジョン:見えると見えないの狭間で生きる」
ゴロウィナ・クセーニヤ(東洋大学)「多言語での研究:成果公表における挑戦と課題」
質疑応答
(休憩) - 話題提供を交えたブレイクアウトルームでのディスカッション
- 全体共有とまとめ
[話題提供者]
山本雅代(関西学院大学名誉教授)
国際基督教大学教育学研究科博士後期課程修了(Ph.D.)。関西学院大学手話言語研究 センター長(2016~2018年)、現在同センター客員研究員。科研費を中核とした主たる研究テーマ:バイリンガリズム。
島袋勝弥(宇部工業高等専門学校准教授)
沖縄県出身。東京工業大学大学院にて博士(理学)を取得後、米国で研究員として約6年間勤務。2012年、宇部高専に異動。目の難病のため22歳で重度視覚障害者となるが、顕微鏡を用いた生命科学研究を継続中。
ゴロウィナ・クセーニヤ(東洋大学准教授)
ロシア出身。2012年に博士取得(東京大学)。専門は文化人類学。在日ロシア語圏移住者のコミュニティ形成、ジェンダー、母語の使用と継承の研究を行ってきた。多言語視点を取り入れた教育・研究にも取り組んでいる。
定員・参加費
定員:先着50名
参加費:無料
お申し込み期間と方法
①以下のURLからお申し込みください。(先着50名)
※4月25日(日)までは異文化間教育学会の会員の方を優先いたします。
https://www.kokuchpro.com/event/1082f4264cec0c580deb4985c76f308e/
②参加の受付が完了した方には、研修会の参加前に、ご登録頂いたメールアドレスにZOOMの招待リンクを送らせて頂きます。
問い合わせ先
k03040[at]dokkyo.ac.jp([at]を@に変更してください。)
主催
異文化間教育学会企画交流委員会
工藤和宏(獨協大学)・中野祥子(山口大学)・吉田千春(中央大学)川島裕子(大阪成蹊大学)・野山広(国立国語研究所)
報告
2021年度 異文化間教育学会 第29回研修会報告
研修テーマ「みんなで考えよう:学会におけるダイバーシティとインクルージョン」
企画・交流委員会
◆日時:2021年5月9日(日)14:00~16:30
◆開催方法:オンライン(ZOOM)
◆司会:工藤和宏(獨協大学)
◆導入と趣旨説明:吉田千春(中央大学)、中野祥子(山口大学)
◆話題提供:島袋勝弥(宇部工業高等専門学校)、ゴロウィナ クセーニヤ(東洋大学)、山本雅代(関西学院大学)
◆グラフィックレコーディング:大野さゆり(教育系フリーランス)
◆参加者:39名
◆参加費:無料
学校や企業などでは、国籍、民族、言語、性、障害、年齢、宗教などにおいて、一人ひとりが互いの違いを尊重しあい、安心して活躍できるための取り組みが推進されている。一方、本学会のダイバーシティ(多様性)とインクルージョン(包摂)の現状はどうだろうか。何か改善すべき点はないだろうか。
このような問題意識のもと開催されたのが本研修会である。学会の会員・非会員を問わず、学部生からベテラン研究者・実践者、企業人まで様々な人々が集い、3名の話題提供者の経験に学び、活発な意見交換が行われた。また、本研修会は参加者の内省を促すためにグラフィックレコーディングの手法を取り入れた。末尾に実際の記録が添付してあるので、是非ご覧いただきたい。
本研修会の流れは、次のとおりである。まず、研修会の発案者で企画・交流委員である吉田千春氏と中野祥子氏が趣旨を説明した。強調されたのは、学会とは、誰一人排除されずに参加でき、個々の多様性が十分に活かされる場であるべきという想いである。
次に、3名による話題提供が15分間ずつ行われた。
- 島袋勝弥「ロービジョン:見えると見えないの狭間で生きる」
- ゴロウィナ・クセーニヤ「多言語での研究:成果公表における挑戦と課題」
- 山本雅代「言葉は違えど、人は言葉を交したいとの思いに溢れてる」
島袋氏は、視野狭窄の当事者としての生活を振り返りながら、生物学の研究・教育活動を支えてくれる人々やテクノロジーの存在に言及した。しかし、氏が考える最強の支援とは、支援が必要な人への「ナチュラルサポート」(自然発生的な支援)である。それが社会に浸透するためには、支援が必要な人が自ら積極的に発信する努力が重要であると説いた。
ゴロウィナ氏は、ダイバーシティやインクルージョンが「形だけの平等主義」にならないよう、「社会的公正」の理念に立った研究活動が推進されるべきだと論じた。研究成果を非母語で発信する際の課題や、研究成果の引用バイアスに潜む学界の権力構造にも言及した。そのうえで、公正な研究活動の実現に向けた提案として、研究過程での母語の活用、翻訳機その他の技術の活用、学会による校正費用の負担などを示した。
山本氏は、自身が長年関わってきたバイリンガリズムの研究会での経験を振り返りながら、異文化間教育学会で、ろう者の参加の有無にかかわらず手話通訳を提供する意義を論じた。経済的制約がある学会にとっては、手話通訳費用の負担が課題となる。しかし、研究会や大会会場での手話通訳者の存在は、聴覚障害を持つ研究者への情報保証や合理的配慮だけでなく、学会員の包摂への意識化にもつながることが示された。
これらの話題提供に対して、支援の必要性を訴えるための戦術やインクルージョンのとらえ方などについての質疑応答が行われた。研修会後に回収した参加者からのアンケートでは、「違いのスペクトラム、パワーバランス等々、違いの中にある見えない構造のようなものを知ることができました。お三方とも体験談ベースにお話しされていたので、そのストーリーに引き込まれました」のような声が寄せられた。
続いて、10分間の休憩を挟んだ後に、話題提供を基に作成されたグラフィックレコーディングが大野さゆり氏によって共有された。そして、Zoomのブレイクアウトルーム機能を使って4、5人ずつのグループでのディスカッションが約40分間行われた。
問1 先ほどの話題提供から、あなたは何を学びましたか?ダイバーシティとインクルージョンと関連付けながら、お考えください。
問2 ダイバーシティとインクルージョンに積極的な学会とは、どのような学会でしょうか?その具体的イメージと、それに向けて、あなたや学会ができることについてお考えください。
これらの問いのディスカッションを終えた後は、全体での質疑応答が20分間ほど行われ、司会者のまとめとともに研修会が締めくくられた。
参加者へのアンケートでは、とくに上記の問2と関連して、以下のような具体的提案が示された。
- 複数言語で発表をできる環境を作ったり、多文化の背景をもつ研究者が参加しやすい企画を考えるなど(見えにくい学会の文化を問い直すことも含めて)、多文化化の対応が必要だと思いました。
- 専門用語を使わずに「やさしい日本語」で発表する学会。「やさしい日本語」を広めることを期待しています。
- 対面で学会を開催した時に、遠隔も合わせて行うなどハイブリッドは今後必須になってくるかもしれません。介護、子育て中の人や海外などの遠隔地に住んでいる人も参加できるような仕組みを考えていくことが、今後の学会の発展につながると思います。
- 海外の学会でよく見るように、申し込みの際にアクセシビリティについてのニーズを書き込める箇所があるといいと思います。学会によっては、保育の場も用意してくれる(有料)こともあり、対面の場合にはニーズに応じてそういったことも考えられるのかな、と思いました。
- 異文化間教育学会内に「Diversity(多様性), Equity(公正) & Inclusion(包摂)」のチームを発足させる。・・・関連する課題に実際に取り組むチームを立ち上げて、例えば今回のような企画を開いたり、学会運営や論文投稿等の際のDEI施策、取組を蓄積していき、必要に応じてその取組の有効性を検証していくのも良いと思う。
また、「私たち全員が今から出来ることのうちのひとつに、[研究成果を発表する際の]電子媒体(e.g. Power Point)でのユニバーサルデザイン (UD) フォントの活用があると思います。お金と時間はかかりません」のような、個人がすぐに取り組めることへの気付きが生まれたことも、特筆すべき成果だろう。(なお、本報告文は高齢者や障害者にも便利なUDフォントを使用している。)
以上が本研修会の概要だが、最後に司会兼運営者としての所感を述べたい。異文化間教育に限らず、ダイバーシティとインクルージョンを研究対象ないし分析概念として使う研究者は多い。しかし、これらの概念を研究者自らの生活や研究活動と結びつける私的論考は少ない。その意味で、今回の研修会は研究者・教員・学生としての自分の日常と、それを取り巻く環境(家庭、職場・学校、学会・学界、社会など)の在り方を広く見つめ直す好機になったといえるだろう。
しかし、ダイバーシティとインクルージョンは多義的である。両者ともに目指すべき理念、または日常の現実として捉えられるが、今回の研修会では概念的議論を深めることができなかった。「テクノロジーなどの活用できるツールは増えて便利になる一方、包括[・包摂]するとはどういう意味かということについて共通理解の得る対話の場を定期的に設ける必要がある」という参加者の感想にあるように、今回のような語りの場の継続を強く望む。
末尾になるが、本研修会の運営にあたっては、島袋氏、ゴロウィナ氏、山本氏、大野氏のご協力はもとより、学会事務局に全面的にご支援いただいた。企画・交流委員会を代表して改めて感謝申し上げたい。
*グラフィックレコーディング(大野さゆり氏作成)
文責:企画・交流委員長 工藤和宏(獨協大学)