特集「AI時代の学びの転換と異文化間教育の可能性」
人工知能(AI)は,今や私たちの生活に浸透してきている。AIは膨大な情報を分析し,知識をアップデートすることが容易である。すでに医療・交通・物流・災害対策などで大いに活用されており,自動運転や外科手術などにおいて実用化され,生命が関わる分野で決定を下すことも増えてくるであろう。国家や企業も,プロセスによって運営されているという点ではもともとAIと相性がよい。行政,企業や大学経営などもAIによって取り仕切ることが可能になるかもしれない。AIが人間にとって代わり,多くの人々から仕事を奪ってしまうのではないかという懸念が現実的になってきた。
そのような時代に生きるためにはAIを活用しながら,創造力やコミュニケーション力を活用して考察・探究し、「自分なりの解」を出す力が必要であるとされる。AIの回答は「誤りを含む可能性が常にあり,時には,事実と全く異なる内容」が出力されるために、「対象分野に関する一定の知識や自分なりの問題意識とともに、真偽を判断する能力」を持って「最後は自分で判断するという基本姿勢が必要である」(文部科学省、2023:2)とする。
それでは異文化間教育に関わる研究者・実践者は,そのようなAI社会にどのように向かい合っていけば良いのか。異文化間教育学会では2010年以降,主体性に注目し「個人の発達という個人史の軸と時代の流れという歴史の軸」(箕浦, 2012:100)でとらえる必要性が議論されてきた[1]。佐藤(2016:22)は「国や文化といった固定した枠ではなく,異文化体験の『ルート』に注目し,そこでの関係性をみていくことで,異文化接触や異文化体験を把握する」というが,その「ルート」とそこで出会う「他者」との関係性の中にすでにAIの影響が現れてきているのではないか。例えばすでに生成AIを活用したレポートが,大学はおろか初等・中等教育における総合的な学習(探究)の時間等の課題として提出されていることは,想像に難くない。 そこで本特集では,教育工学,高等教育(社会科教育),進路支援,日本語教育,コミュニケーション学,それぞれの観点から,AI時代における異文化間教育とその実践について考察する。AIの登場によって大きく変化している今,現在を「AI時代」という時代の転換点として捉え,教育や学びがどのような影響を受けているのか,どのように変化しているのかを明らかにし,未来の異文化間教育のあり方に示唆を与えることができる特集となることが期待できる。
[1]箕浦(2012)は「主体性(agency)」と記しているが,agencyについて「意識だけでなく,本能・身体・無意識をも含む広範な行為する主体(agent)が,自分の意思でどれだけ決断し行動できるか,その主体性に着目すること」(箕浦, 2012:98)と説明している。
引用文献
佐藤郡衛(2016)「異文化間教育学の到達点と今後の研究課題」, 佐藤郡衛,横田雅弘,坪井健(編著)『異文化間教育のフロンティア』異文化間教育学体系4,明石書店。
箕浦康子(2012)「『異文化間教育』研究という営為についての2、3の考察―パラダイムと文化概念をめぐってー」異文化間教育学会『異文化間教育』第36号,pp.89-104
文部科学省(2023)「初等中等教育段階における生成AIの利用に関する暫定的なガイドライン」https://www.mext.go.jp/content/20230710-mxt_shuukyo02-000030823_003.pdf(2024年4月14日アクセス)