異文化間教育学における研究方法論を考える
-「移動」をめぐる経験を捉えるために-
第一回公開研究会のお知らせ
研究委員会
2022年度の特定課題研究テーマは「異文化間教育学における研究方法論を考える-『移動』をめぐる経験を捉えるためにー」である。今年度から、特定課題研究をより参加型にしていく試みとして、テーマに対する公募を行い、多くのご応募をいただいた。その中から、本テーマへの貢献および内容のバランス等を鑑みた上で審査を行い、谷口ジョイ会員、本間祥子会員、大川ヘナン会員、住野満稲子会員の4名の登壇が決定した。今回の公開研究会では、登壇者の発表内容について会員の皆様と活発な議論をし、それを手がかりに今後の更なる展開を共に検討する機会としたい。
主旨
従来、異文化間教育学会は、異文化間教育に関わる様々なテーマについて、異なる学問分野に依拠する研究者らが各々の研究方法論を用いて研究に取り組む学際的(multidisciplinary)な場である。これまでに、多様な専門的背景のある研究者らの協働により、学際的(interdisciplinaryないしcrossdisciplinary)視点の形成が促されてきた。一方で、学問分野間の対話や相互理解を深め、新たな学際性(transdisciplinary)を異文化間教育学研究において生成するには、従来の学問分野という軸を超えた議論が必要である(佐藤・横田・坪井2016)。そのためには、分野を架橋する「研究方法論」を軸にした議論が重要となる。。
研究方法論とは、単なる研究手法ではなく、研究者による認識論や存在論を含む(箕浦1999, 2012)。問いの立て方や調査手法、そして問いに対する答えの出し方の傾向は、依拠する学問分野によって異なるだけではない。たとえ同じ学問分野で同じ現象や対象者を研究する場合でも、現象を捉える認識論や存在論が研究プロセスや導き出される結論に大きな影響を与える。研究方法論の核となるメタアプローチは分野横断的に共有されており、主に「実証主義的アプローチ」「解釈的アプローチ」「批判的アプローチ」に分類される(柴山2016)。
このような前提を踏まえた上で、本特定課題研究では、従来の物理空間的な移動だけではなく、文化間や言語間といった様々な「『移動』をめぐる経験を捉える」ことを共通の目的とし、具体的な研究方法論に焦点を当てた4名の登壇者による発表を起点として議論を深めていく。まず谷口会員は、解釈的アプローチに基づき「再構築された現象」が、 実証主義的アプローチによって導き出された「客観的な所与とされるもの」と協働することで、 どのような相互作用が起こるのかについて検討する。一方、本間会員は、解釈的アプローチの立場から、教員(実践者)であり研究者でもあるというダブルロールで行った子どもたちを対象にした教育実践を自己回顧的に記述する試みについて報告する。そして、同アプローチを取る大川会員は、自分自身が国家間を移動する子どもとして研究対象とされたものと、当事者として自分を語るオートエスノグラフィの分析を通して、固定的な立場関係・権力関係の変容について議論する。また、住野会員は、批判的アプローチの立場から、ニューヨーク市におけるラティーナ学生の「移動の経験」を描くことを通して、スタンド・ポイント認識論の方法論的可能性について論じる。
以上の4名の発表を手がかりに会員間での方法論に関する議論を重ねていき、その多様性を提示すると同時に、異文化間教育学研究における方法論の重要性を共に提起していくことを目指す。
登壇者およびタイトル
- 谷口ジョイ(静岡理工大学)
「不可避な移動を経験した子どものことばに対する質的研究の意義と可能性」 - 本間祥子(千葉大学)
「子どもたちの移動の経験をナラティブから捉える-解釈的アプローチの視点から」 - 大川ヘナン(大阪大学大学院)
「外国ルーツの子どものリアリティ-オートエスノグラフィーから捉える『移動』」 - 住野満稲子(明治大学)
「異文化間教育学におけるフェミニスト・スタンド・ポイント認識論の可能性」
日時
2021年12月18日13時~16時
開催方法
zoom開催(要事前申込)
申込先
申込締切
12月15日(水)
- 本研究会の参加は、異文化間教育学会の会員に限定させていただきます。予めご了承ください。
- 先着60名とさせていただきますので、ご了承ください。
- 参加定員の60名を超えました。空きが出た場合にご参加いただけるように、キャンセル待ちにお申込みいただけます。キャンセル待ち申し込みフォームは以下の通りです(参加申し込みフォームと同じもの)。
【キャンセル待ち申込先】 https://bit.ly/30VFObQ
ウェイトリストの方には、12月15日までにキャンセルがあった場合に、順次ご連絡を差し上げます。
今後、2022年6月の第43回大会での特定課題研究発表に向けて、第2回公開研究会が3月に開催予定です。合わせて、皆様の積極的な参加をお待ちしております。ご不明な点や質問がございましたら、iesj.research.2021[at]gmail.com([at]を@に変更してください。)までお寄せ下さい。
<参考文献>
佐藤郡衛・横田雅弘・坪井健編著(2016)『異文化間教育学体系4―異文化間教育のフロンティア』明石書店.
柴山真琴(2016)「エスノグラフィ」佐藤郡衛・横田雅弘・坪井健編著『異文化間教育学体系4―異文化間教育のフロンティア』(pp.45-57)明石書店.
箕浦康子編著(1999)『フィールドワークの技法と実際-マイクロ・エスノグラフィー入門-』ミネルヴァ書房.
箕浦康子(2012)「『異文化間教育』」 研究という営為についての 2, 3 の考察――パラダイムと文化概念をめぐって―」『異文化間教育』36, 89-104.
山本雅代・馬渕仁・塘利枝子編著(2016)『異文化間教育学体系3―異文化間教育の捉え直し』明石書店.
『異文化間教育』
- 第24号「特集:異文化間教育の語り直し ─他者・境界・分節化―」2006年.
- 第43号「特集:異文化間教育学における実践・現場への接近法―現場へのまなざしを研究行動へ展開する―」 2016年.
- 第53号「特集:異文化間教育における「日本」の再想像/創造―越境する若者の経験―」 2021年
異文化間教育学会 2022年度第1回公開研究会報告
研究委員会
2022年度特定課題研究「異文化間教育における研究方法論を考える:『移動』をめぐる経験を捉えるために」の第1回公開研究会を、2021年12月18日(土)13時~16時にオンラインで実施した。当日は最大45名(会員35名、研究委員会関係者10名)の参加があった。
周知のとおり、本年度は「参加型の特定課題研究」を目指し、公募形式で登壇者を選考した。研究委員会メンバーで厳正に審査した結果、学問分野や研究内容の異なる4名(谷口ジョイ会員、本間祥子会員、大川ヘナン会員、住野満稲子会員)に決定した。今回は、登壇者の発表内容について参加者と議論し、本テーマについて理解を深めることをねらいとした。
前半は、4人の登壇者から20分ずつ話題提供していただいた。谷口会員は「不可避な移動を経験した子どものことばに対する質的研究の意義と可能性」のタイトルで、実証主義的アプローチと解釈主義的アプローチの協働可能性について議論した。続く本間会員は「子どもたちの移動の経験をナラティブから捉える:解釈的アプローチの視点から」のタイトルで、教員(実践者)であり研究者でもある自身の「解釈の視点」の多層性に着目しつつ、自身の教育実践をリフレクシブに問い直していく過程を報告した。また、同じく解釈的アプローチを採用する大川会員は「外国ルーツの子どものリアリティ:オートエスノグラフィーから捉える『移動』」のタイトルで、当事者(移動する人々)と研究者の視点の間にあるズレについて、オートエスノグラフィーを通した考察を試みた。さらに、批判的アプローチをとる住野会員は「異文化間教育学におけるフェミニスト・スタンド・ポイント認識論の可能性」のタイトルで、アメリカにおけるラティーナ女学生の「空間の移動」を事例に、スタンド・ポイント認識論の方法論的可能性を提示した。
後半は、登壇者毎に4つのグループを設定し、参加者の興味・関心に応じて参加するグループを自由に選択してもらい、発表内容に関するディスカッションを行った。いずれのグループもJamboardというオンラインアプリを使用し、互いの意見を可視化しながら議論を進めた(参考資料参照)。事例の内容に関する意見交換が多くを占めるグループもあったが、リサーチデザインや調査手法の背景にある認識論・存在論について活発な議論を展開するグループもあった。
事後アンケートでは、多くの参加者が本テーマに関心を持ち、学びを深められたことがうかがえた。また、登壇者の発表については、学会のYouTubeにて限定公開を実施した。2021年12月23日~2022年1月7日までの期間内に100回の視聴が確認された。
一方で、次回に向けた課題も浮かび上がった。ひとつは、研究内容に関するものである。本研究会では、4つの研究をそれぞれ深めることはできたが、それらを通して課題そのものがいかに達成されるのかまで議論することはできなかった。次の研究会では、4つの研究をつなぐような取り組みが求められる。いまひとつは、研究会の運営に関する課題である。本研究会は、オンラインでのディスカッションを円滑に進めるために定員を60名に設定した。そのため、人数制限によって参加が叶わなかった申込者が多くいた。それにもかかわらず、当日、25名もの無断欠席があった。今後もオンラインでの研究会や講演会を企画していく中で、こうした問題をいかに解消していくか、今研究委員会をはじめ学会全体で考えていく必要があるだろう。