論文賞

異文化間教育学会論文賞

学会誌『異文化間教育』に掲載された投稿研究論文(テーマ論文・自由投稿論文)、実践報告、調査報告、研究ノートを対象に、2年を単位として選考される賞です。異文化間教育研究の奨励と発展のため、2020年に創設されました。

受賞者

2022-2023年度(56号~59号)

「非正規滞在の子どもの公教育からの排除のメカニズムーノンフォーマル教育の場における教職員への聞き取りからー」異文化間教育59号

本間 桃里(京都大学大学院)

授賞理由

非正規滞在の子どもが大人に移行するに伴って排除される問題がこれまでにも指摘されてきたが、本論文では義務教育段階の子どもであっても社会から排除される仕組みがある点に着目しており、今まで明らかにされてこなかった社会的な問題を取り上げている点で独創性や重要性は高い。非正規滞在の状態にある子どもたちの公教育からの排除のメカニズムを、教育システム・福祉システム・入管法システム間の齟齬が現場においてどのように影響しているかを、ノンフォーマル教育の場で子どもや親に関わっている複数の関係者からの面接内容を通して明らかにした有意義な研究である。ニコラス・ルーマンの社会システム理論の枠組みを援用しながら、一見整備されてきたかのように見える各システムが、運用面において全体としては機能しない実態を明らかにしている。  
 残された課題として、本論文では数人の語りからのデータを収集しているものの、その中の特定の人の語りに依拠する傾向が見られる点があげられる。複数の語りの違いなども取り上げて結果と考察を導くとよりよいものになると思われる。データ収集の立ち位置を明確にしたうえで、分析方法などをより分かりやすく書くことが望まれる。今後は、行政や当事者といった異なる立場からの語りも入れるなど、対象者を広げることでさらなる研究の展開が期待される。  
 以上の課題はあるものの、実質的な教育保障に向けて、入管法システムに依拠しない教育や福祉システムの構築の必要性を提示しているという社会的インパクトも認められ、学会論文賞を授与する価値のある論文であると判定した。

2020-2021年度(52号~55号)

「『わたしたちのことば』に創発する居場所―留学生の逸脱的日本語によるあそびの分析から―」異文化間教育55号

井濃内 歩 (筑波大学大学院)

授賞理由

留学生同士の日常の日本語会話による相互行為の中から、「逸脱的な日本語の使用」が 留学生独自の肯定的な居場所を形成することにつながっていることを発見し、分析するという独創的な研究と高く評価された。 言語人類学を理論的基盤として、ことばのあそびに注目し、日本語日本文化研修留学生(日研生)12名を対象にエスノグラフィーによるアプローチを試みており、本研究の方法論としても適切であると判定された。 調査の結果、日研生の日常会話における意図的な誤用、若者の間で用いられるスタイル、インポライトな発話といった規範的な日本語使用からの逸脱性をもつ「日研生ジョーク」が観察され、これが彼ら独自の居場所を形成していると分析しており、ことば、異文化適応、居場所の関係に新たな視点をもたらしていると評価された。筆者が最後に記した 「今ここの相互作用のなかで動的に創発するアイデンティティ、そして越境する若者が創り出す居場所を捉えるうえでの、ことばという切り口の有効性を示した」ものとして十分に学会論文賞を授与する価値のある論文であると判定した。